PROFILE

   
中村 元義
(なかむら もとよし)
1970年京都市生まれ
株式会社オールワンズマイト
代表取締役

新しいビジネスモデル=新しい価値観(バリュー)を実現する為に日夜奮闘中。目下、日夜という表現が、本当に嘘偽りが無いことが悩み。

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藤田さんが書いた

2006・10・12 Thursday

藤田さんについて

藤田さんは、元新聞記者のライターさんです。

落ち着いた的確な取材でした。

元記者らしく客観性を維持した第三者の視点からみた3人称での執筆です。

ぜひ、ご一読下さい。

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2006・10・11 Wednesday

寡黙な父と教育熱心な母

社長しかないやないか

■寡黙な父と教育熱心な母

「中学生の頃、叔父にね、将来何になりたいのかと問われて、社長になると応えたんですよ」。株式会社オールワンズマイトの社長である中村元義は、はにかみながら話した。中学生ともなると、現実として将来を描くようになるものだ。家業は京都で織物業を営んでおり、生まれた時から、父はずっと家にいた。

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試しに受けた進学塾に合格

小学生の頃は、友達と遊ぶということはほとんどなく、身近にある本を片っ端から読んだ。テレビや漫画など、普通の子供らが興味あるものには無関心だった。父に叩きこまれた水泳は、「小学校では負けたことがなかった」ほど、最も得意になっていた。

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通知簿の赤点に愕然

「高校の時、成績はダダ下がり状態で、通知簿で初めて1をもらいまましてね、その時、1だけは赤字で書かれるという事実を知って驚きました」。卒業できるかどうかも分からないなか、無謀にも受験勉強を開始。物理だの微分積分だとかがまったく分からない。「マジでヤバイ」と、ようやく自分自身の現状を悟った。

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「トレンドの規則性」をまとめる

バイトとクラブ活動に明け暮れる日々

「トレンドの規則性」をまとめる
学業をほったらかしでクラブ活動とアルバイト(吉野家)に明け暮れる日々はあっという間に過ぎていく。世間はバブル景気に浮かれ、ワンレグボディコンといったスタイルが流行り、学生たちはディスコに足を伸ばしていた頃だ。そういう中村元義は、「流行は嫌いではないが、興味がなかった」と、ディスコには一度も足を運んでいない。人の真似をするのが嫌いな青年になっていたのだ。入学前から卒業論文をトレンドの規則性と決めていた中村元義は、ディスコなどが流行る理由を冷静に分析していたためかもしれない。

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研修中に寝てしまい会社をクビに…

満足できる卒論はできたものの、「就職活動せなあかん」という焦りも人並みにあったようだ。特に就きたい職業があるとかビジョンがあった分けでもない。

「プーターローじゃああかんだろ」という漠然としたものだ。中村元義は「気のない就職活動」を始め、無事就職するものの、研修中に寝てしまい、「あっさりとクビになった」と笑う。

会社自体も「経営が行き詰まっていたようです」と、微笑んだ。

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独立への道筋

ディスカッション勉強会「ディスカス」立ち上げ

それから建設業プロディース業を2ヶ月でやめ、飲食店でキッチン、ホール、ドリンクなどを担当した。阪神大震災直後に大阪で一人暮らしをはじめ、学生時代に通った店の震災後の再オープンを手伝ったりして日々を過ごす。それから2年後の6月に、やっと会社らしい会社に就職する。そこは食品の販促ツールの企画会社で、この頃初めてマック(パソコン)を触る。インターネットのモンスターYAHOOがスタートした年でもある。その秋口には、社内において新規事業の設立運営にも関わるようになる。

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サラリーマンから離れ独立へ

自分の言いたいことを相手に伝える。分かりやすい言葉と表現、身振りや手ぶり、そして正確な比喩といったテクニックが必要だ。そういったコミュニケーション能力を磨く「ディスカス」を立ち上げたのは、バーテンダーを夢見た頃と同じようなメカニズムが働いたのかも知れない。

徐々に所属する会社名での中村から「ディスカスの中村」と名乗ることが多くなり、中村元義自身はどんどんサラリーマンの世界から遠のいていく。

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結婚相談所のメルマガで1000人集める

IT事業開始。WEBサイトやメールマガジンへ進出。

結婚相談所のメルマガで1000人集める

翌98年、2回目のCEINでは、中村元義は進んでCEINのスタッフになる。販促ツール企画会社で培ったノウハウを生かしてイベントの企画と販促ツールを担当した。そこでディスカスも含めてホームページやメールマガジンを手がけるようになる。

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ASPはりがみ屋誕生

ホームページ製作、メールマガジンの成功という結果を残した中村元義だが、それでも「飲食店に未練があった」と振り返る。

「結婚相談所のメンテを担当していたが、なんにしてもお金が出てこない。60歳くらいの人がやっている結婚相談所で事業規模が大きい訳ではなかったので、毎月2万円とか3万円、5万円と出せるほどの収益構造がなかった」と話す。

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戦略的な手順違いに気付く

株式会社オールワンズマイト設立

戦略的な手順違いに気付く

「はりがみ屋」は関心を集めI-mode公式サイト「特典の森」と事業提携するなどの進展をみせる一方、商業ベースとしては「トントン」と、歯ぎしりするような収支が続く。

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はりがみ屋を使い地域情報サイト構築へ

再スタート切ってから4年が経過した。中村元義はどのように考えているのか。

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常にユニークでありたい

ITベンチャー企業家として中村元義は「ビルゲイツや孫正義は尊敬する対象ではない」とさらりと言う。それでは誰か。

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